新年明けましておめでとうございます。

大切な人が亡くなったのに「おめでとう」なんて
言葉は使ってはいけないのかもしれないけど・・・。
今のこの気持ちを忘れないうちにブログに書き留めておきたいと思いました。

仕事が始まっちゃうとまた時間に追われて
ゆっくり書けなくなると思いまして・・・。

オカルト、宗教、など既存の概念を一度頭から取っ払って
このブログを読んでいただければ幸いです。

親子の関係は特に父親と息子という関係は
時に反発し合い、友好的な関係にはなりにくいものだと思います。

父親がある程度の社会的な地位にいる場合、息子はそれ以上を
目指さなくてはいけない。
そう息子が勝手に思い込んでしまう。
少なくても僕はそう信じていました。

早稲田大学の法学部を卒業した父親以上の学歴を目指さなければ
いけないと感じていた僕は、中学を卒業した時点でほぼ諦めました。(笑)
なぜなら中学の中間、期末試験はビリからトップ5がほとんどでしたから。

僕の中学時代は教科書を開くより漫画を読み漁り、
漫画を読みながらお菓子を食べ、80年代の洋楽を聴きまくる
といった毎日を過ごしていました。

いじめられた経験もあるし、いじめた経験も。
万引きもするし、弱いくせに喧嘩もする。
まぁ不良にもなれないし、優等生にもなれない何もかも中途半端で
情緒不安定な中学時代でした。
人間的には最低最悪な人の典型ですね。

実際、中学時代の思い出は自分で自分の頭を叩くような事ばかりです。

父親と僕の関係はこの中学時代が分岐点となりました。
「あぁ自分はもう父親には顔向けできないダメな息子なんだなぁ」
と思い込み、それからの何十年かは自分から父親に心を開く事もなく、
「ダメ息子だから俺なんか家族に必要ない」と、
父親とは完全に距離を置いていました。

40歳を過ぎた頃から少しずつですが父親と僕の距離が近くなっていきます。

社会人として20年働き続けた事や音楽との出会いで
自信が芽生えてきた事と同時に、
「これで少しは父親と同等の立場になれたかな?」と自分を許せるようになりました。
そんな自分の微妙な変化を父親は感じとっていたのかもしれません。

その頃から父は電話で話す時、実家に帰った時、
「親子」という関係から「友人」という関係で僕と接してくれました。

お互い口には出さないけれど父は「よく今まで頑張ったな」という
態度で接してくれて、僕は僕で、対等に友人として接してくれた父に対し、
「ありがとう」と心の中で感謝をしていました。

そんな今までにないくらい友好的な関係を保っていた矢先、
父親から一本の電話を受けました。

「もう長くない」

この言葉を聞いた時の僕のショックは言葉では言い切れません。

それは父親と疎遠だった時期が長かった事、
何十年もかけてようやく心を割って話す事ができた事も関係しているのかもしれません。

いや、そんな事よりこんなどうしようもない人間を一人の息子として
見守ってくれていた父親と別れたくない気持ちが何より強かった。

お通夜で父親と最後の再会。

安らかに眠る父親の姿を見て僕は号泣しました。
号泣している僕の姿を見て父は
「なんもそんな泣く事ないっしょ一人」となだめる様に
いたずらっぽく笑顔で僕に話しかけてきました。
そんなはずはないのに。

通夜の日、母と子供の頃の思い出話を沢山しました。
その話の中に「お母さん昔4人で銭湯に行ったよねほら、網走の時」
母はあまり記憶になかったみたいで「あれ?そんな事あったっけ?」
「絶対に行ったよ銭湯。俺、憶えてるもん」
そんなやりとりをした翌日、葬式を終え、火葬場に向かいます。

火葬場に到着し、火葬の準備ができるまでの間
待合室の席に座っていました。
ほどなくして後ろの席に別の家族の団体が座りました。
席が近い事もあり、当然喋っている内容も聞こえてきます。

しばらくして母が「後ろの人達網走だってさ」と僕に言います。
母がもしかして知り合いかもしれないと
何度か後ろの席を覗いてから「なんか見た事ある」と言います。
考え込んだ末突然、「あっ!あの人銭湯の番台やっていた人だ!」
僕が思わず「えーっ!その事昨日お母さんに話したよね!」

この出来事はただの偶然なんでしょうか。

僕は以前ブログにこの銭湯の思い出を
「家族が一番幸せだった時」と題して書いた事があります。
実際、なぜか幼い頃の思い出として家族4人で銭湯に行った
事が今でも良い思い出として強く記憶に残っていました。

あれから40年以上の月日が経ち、
火葬場でその家族の方達と再会をする。

それも網走ではなく、札幌周辺の火葬場で・・・。

これは偶然だけでは説明できない
何か大きな力が働いてるとしか考えられません。

父の死と、この出来事を体験して思った事。

それは

生きているという事は「生きたい」という意志と
「生かされている」力が合わさって初めて「生きている」
という事になるんだと。

そして

何気なく毎日を過ごしているつもりでも
全ての出来事は必ず意味があり、それは過去から現在、未来にかけて
繋がっているものなんだと。

そう思わずにはいられません。


三浦一人ワンマンライブVol.13 -心のドア-

予約受付中
〇サポートメンバー
中田"ジェシー"洋一(ギター)

【日時】
2015年1月17日(土)
開場18:30
開演19:00

【会場】
東京都渋谷区恵比寿3-28-4-B1F
TEL:03-5795-1887(代)

【チケット】
前売り:2,500円/当日:3,000円(全自由席)

【予約方法】
1.お名前 2.電話番号 3.公演名 4.チケット枚数 5.ご希望のお支払い方法
1〜5をご記入していただき
090-1257-5395(三浦)または
までご連絡ください。

【お支払い方法】
1.銀行振込指定口座へのご入金確認後、チケットを郵送します。
チケットの郵送先のご住所を明記の上、ご連絡ください。
2.当日受付払い受付にて代表者のお名前をお申し出ください。
前売り券料金にてご入場できます。























コメント

私も三浦サンの考えに同感です。

会う人には必ず意味があって…大きな力が働いているんだって思います。

例えば同じ街に住んでても一言も言葉をかわさない人もいるし…

親しくしても離れる人もいる。
その時期にその人が自分にとって
必要だったんだなぁって思う事にしてます。

今、私は病気により
頭はしっかりしているのに体が不自由という
耐え難い状況下ですが

どうして私がって思うと同時に健康な時には見えなかった角度からいろいろ見せてくれてる大きな力を感じます
(例えば宇宙の法則のような)

何か まだ私にやる事があって生かされてるって友達に言われました

あぁそうなんだって妙に納得してます。

お父様との別れを乗り越えて又、一回り成長させる為のお別れかもしれませんね。

今年はいい年になるといいですね、お互いに。
恵比須ライヴ楽しみにしてますョ
ガンバってください☆
  • みゅう
  • 2015/01/01 3:18 PM
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開場19:00 開演19:30
@ライブスペースキャバリーノ
予約受付中

    

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